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2015年11月 7日 (土)

只今、開催中!

只今、世界遺産専攻では大学会館アートスペースにて

『世界遺産専攻 麦積山石窟研究展』
を開催しております。(会期は11/29まで)
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雙峰祭(学園祭)期間中である本日と明日の二日間は
11:00~15:00に限り、麦積山石窟芸術研究所より
お借りしている壁画片の展示もおこなっております。
この時間中は、保存科学の学生とともに、
実際に顕微鏡で壁画片を観察していただくコーナーや、
以前専攻で制作したQTVR(PCを操作して麦積山の風景を
様々な角度から立体的に見ることのできる映像)に触れていただくコーナーも設けており
お陰さまでご好評をいただいております。
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お近くにお越しの際は、ぜひ、お立ち寄り下さい。
よろしくお願いいたします。

展示作業の様子
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2013年11月16日 (土)

学芸員になるには

芸術系の就職説明会に先輩がいらっしゃいました。

奥村真名美さんは2007年に世界遺産専攻を卒業し、
現在は岐阜県美術館で学芸員をされています。
(昨年の美術遺産演習でも大変お世話になりました。)

今、博物館や美術館などで正規の学芸員となるには、
実務経験が必要とされることも多いということで、
任期付の職を勤めた後でステップアップをしていくコースが
主流となっています。

奥村さんも、はじめは他県の博物館で
任期付の解説嘱託員としてお仕事をされていました。
その間、日常業務だけでなく休日などを利用して
教育普及に関連する活動に積極的に参加し、
経験やスキルを地道に磨いてこられたことが、
今の職場でのお仕事に繋がっているのだということがよく伝わってくるお話で、
後輩として大変励みになりました。

説明会後の懇親会でも、いろいろなお話を聞くことができてよかったです。
奥村さん、どうもありがとうございました。

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2013年3月25日 (月)

龍門石窟賓陽南洞の初唐造像に関する一考察

『芸術研究報』33(筑波大学芸術系研究報告)に「龍門石窟賓陽南洞の初唐造像に関する一考察」を発表しました。
初唐時代、貞観15年(641)に李泰により造像活動が開始したことで、龍門石窟は大きな転機を迎えることとなった。南洞造営再開に際して様々な系統の工人が集められ、正壁の5体の像はおそらく他地域からの工人たちにより彫り出された。これは龍門石窟自体、隋時代から造像活動が低調であったことに起因する。
造営時期が遅れる北壁第66龕および第13龕Img_9658_3 といった無紀年銘大龕も、同様に龍門石窟と関係の薄い工人たちの作であった。ただし南壁第51龕は、南洞造営再開以前に龍門石窟で造像活動をしていた工人と繫がりを持つ工人たちの手によるものであった。
その系統の工人たちは、貞観11年頃から南洞付近で洛州郷城老人造像龕など、小龕をいくつか造営し始めていた。第51龕に携わった後、貞観20年頃からは、その系統の工人たちが、小龕開鑿に積極的に携わるようになる。それら工人たちは、南洞において北魏時代後期の形式を採用した点に特徴があった。そして永徽年間頃には、隋時代に本尊が造り出された薬方洞を模倣した小窟が開かれるようになる。                    (北壁第13龕)
(貞観11年銘洛州郷城老人造像龕)

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2013年3月12日 (火)

中国仏教造像の変容

法蔵館より、『中国仏教造像の変容』を上梓いたしました。南北朝時代後期から隋時代にかけて、中国各地でいかなる仏教造像活動がおこなわれたのか、またそれが589年に中国を再統一し、仏教治国政策を採った隋文帝の治世の下、どのように変化していったかについて言及してあります。隋仏教美術において、統一的な様式やそれを具現するための形式は成立しませんでしたが、如来像や菩薩像は、現実世界に存在する、リーダー的なイメージを備えるようになったことを論じています。

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2013年1月22日 (火)

朱岩石先生による邯鄲市臨漳県北呉庄出土造像に関する講演会

来る2月13日筑波大学春日キャンパスで、中国社会科学院考古研究所漢唐室主任の朱岩石先生による講演会をおこなうこととなりました。

タイトルは「2012年度鄴佛教考古の新発展」です。昨年1月、河北省邯鄲市臨漳県北呉庄から2895件にもおよぶ大量の仏教造像が出土したことは記憶に新しいところです。朱岩石先生は、これまでも北斉初代皇帝文宣帝の陵(磁県湾漳墓)の発掘を指揮し、また「趙彭城北朝佛寺遺跡(東魏北斉塔)」の発掘も手がけられている、著名な考古学者です。

 今回は北呉庄仏教造像埋蔵坑発掘の様子や、出土した造像の特徴について、詳しくお話をしていただきます。私もゼミの学生たちと昨年6月頃にその一部を見せていただき、水準の高さに圧倒されました。出土像のほとんどは白玉像で、銘文を持つものが多く、金や朱の色彩が鮮やかで、これまであまりよくわからなかった北斉の首都鄴の都市寺院造像の様相が明らかになることが期待されます。

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(発掘時の状況)

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(出土造像)

 朱先生のお話のあとには、私がいくつか質問をするという形で、山東地方や山西地方造像との関係や、東魏、北斉墓より出土した陶俑との類似や相違についても伺いたいと思います。詳しい日時や場所、参加申し込み方法については、筑波大学世界遺産専攻のホームページ(http://www.heritage.tsukuba.ac.jp/249.html ) をご覧ください。

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2012年9月30日 (日)

敦煌莫高窟第二二〇窟に関する一考察

『佛教藝術』324号に、「敦煌莫高窟第二二〇窟に関する一考察」を発表しました。

南北壁の浄土変相図(西方浄土変相図および薬師浄土変相図)を分析することで、
第220窟における浄土表現の特質を明らかにし、それが敦煌莫高窟の唐前期第1期
までとどのように違っているかを明らかにすることを目指しました。
また東壁の維摩経変相図および西壁の塑像を加え総合的にこの窟を考察することで、
窟全体のシンボリズムについての考察をおこないました。

昨年敦煌莫高窟で、3時間この窟の中で調査をしながら過ごせたのは幸せでした。
ただし11月に入っていたため身体が冷えきり、翌日は途中でダウンしてしました。
写真は東山健吾先生から、提供していただいたものです。

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